らーめんてーぶる

Lamentable(残念な、ひどい)な英語からの脱却を目指して、地味に奮闘中。NHKラジオ講座、TOEIC、ヒアリングマラソンの学習記録と感想のブログ

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性別によるダブルスタンダードについて

NHKラジオ『実践ビジネス英語』、今月前半のテーマは "Revamping Sexual Harassment Policy"(セクハラ対策を刷新する)だった。

 

女性は「いい人」になるように育てられている

このテーマに関するフリートークのコーナーで、ヘザーさんのコメントにとても重要なことが凝縮されていたので、以下に引用。

 

Another big problem, I think, is that women around the world are brought up to be "nice."  We have to be sweet, gentle, non-aggressive, or we risk getting labeled with the b-word.  I think societies around the world have got to get over that, and make it acceptable for women to push back, literally and metaphorically.  I've read, for example, that we shouldn't force children, especially little girls, to accept unwanted hugs and other physical affection.  If we make them kiss or hug someone when they don't want to, we're telling the child, "You don't have control over your own body," which can be a very dangerous message.

 

(もう1つ大きな問題だと思うのは、世界中の女性が「いい人」になるように育てられていることだ。私たちは、かわいくて、優しくて、穏やかでなければならず、そうでないと、Bワードのレッテルを貼られる恐れがある。思うに、世界中の社会がこの問題にうまく対処して、女性が文字どおりにも比喩的にも押し返すことを認めるようにしなければならない。たとえば、どこかで読んだことがあるのだが、ハグなどのスキンシップを望まないのに受け入れることを、子供たち、とりわけ幼い少女たちに強要すべきではない。だれかにハグやキスをしたくない時にそうすることを強要すれば、その子供に「あなたは自分自身の体を自分の自由にはできないのよ」と言っているのであり、それは非常に危険なメッセージになりかねない。

 

◆b-word:bitchやbastardなどのBで始まることば

 

NHKラジオ実践ビジネス英語 2018年 09 月号

 

こういう「女性はかくあるべき」という社会的要請って、ちょっと冷静に考えれば非常に不合理なオキテだということは明らかなのに、おそらく世の中の大半の人が内面化してしまっていて、はっきりと自覚し、言語化することはすごく難しいのではないかと思う。

 

バトル・オブ・ザ・セクシーズ(性差を超えた戦い)

折しも、先日の全米オープンでの審判について、男子選手と女子選手の扱いに差があるという指摘があった。

セリーナのマナーに問題があったことも事実とはいえ、すごく考えさせられる。

 

 

この記事内で、ある白人米国人女性のコメントが問題の根っこをよく言い表していると思う。

 

「セリーナの怒りは当然だし、彼女はもっと擁護されて当然よ。だって女性が怒ったらヒステリーといわれるのがこの国だから。ましてそれが黒人女性だったら……。その大変さは想像を絶する」

 

当の審判は、自分が差別をしているという自覚さえないのかもしれない。

映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』でテニス界の男女同権を求める戦いが描かれていたけれど、今現在もまだ道半ばだという現実に、気が遠くなる。

 

参考:


「いい人」と#MeToo

実践ビジネス英語のセクハラ対策に話を戻すと、ビニェットの中で、女性がセクハラ被害に声を上げることを躊躇する理由として、こんな風に述べられていた。

 

Women may be worried about the possibility of destroying someone's career, when all they really want to do is to stop the inappropriate behavior.

 

(不適切な行為を止めさせたいだけなのに、だれかのキャリアを台なしにする可能性について心配するのかもしれません。)

 

望んでいることのささやかさに比べて、それと引き換えに負うことになるかもしれないリスクを考えた時、「いい人」になるように育てられた女性たちは躊躇するのだと思う。

けれども、「自分さえ我慢すれば」と「いい人」であり続けた結果、「女性は耐え忍ぶべし」という間違ったオキテを周囲の女性、特に下の世代に引き継いでしまうことになれば、それはそれで間接的な加害行為とも言える。

#MeToo運動の高まりは、そうしたことを意味しているのだろう。

一人ひとりが健全な自尊心と勇気をもって、「嫌なものは嫌」「それは間違っている」と毅然と言えるような社会になれば、セクハラのみならず、日本のスポーツ界の暴力や、企業の不祥事(組織ぐるみの不正行為を拒めない企業風土)もおおかた解決するように思うのだけど、それって理想的すぎるだろうか?

 

 

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